カテゴリー「絵画,美術関連」の記事

2012年5月22日 (火)

【記】:『ジョルジュ・ルオー 名画の謎』展 その1

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4月の末、連休前に『ジョルジュ・ルオー 名画の謎』展を観に行ってきた。

驚いたのは、このチケットの絵だ。
私はどこが所蔵しているのか、すっかり失念していたのだが、パナソニック 汐留ミュージアムにあったのだ。

以前どこかの展覧会でこの絵を見て、そのときにポスターを買い求めていたが、どこだったかどうしても思い出せない。
ジョルジュ・ルオー Christ

↓パナソニック 汐留ミュージアムは、新橋駅からも近く、便利な場所にある。


大きな地図で見る


↓パナソニックのオフィスビルの一角(4階)が美術館になっている。
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↓4月末はまだ桜が咲いていた。
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↓あちこちに看板があった。
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↓エレベータの中にまで。
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展示内容は、とにかく素晴らしいの一言に尽きる。

日本でこれだけのルオー・コレクションを観ることができるのは、本当に幸福なことだ。

この展覧会は、収蔵作品を一挙大公開ということで、ルオーづくし。
しかし普段は、どうなっているのだろうか。

常設展示会場のようなものはなかったようなので、普段は『Christ』を観ることはできないのであろうか。

この美術館、”ルオーの美術館”を自称するだけあって、企画展示もルオーにまつわるものは多い。

それでも、常設展示はしてほしいと思う。


↓今回はパンフレット自体も芸術作品だ。
『Christ』とグリーンのバッグがよく合う。
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↓裏も良くできている。
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今回も、展示作品のいくつかのポストカードとフレームを購入してきた。

”その2”でまとめることにする。


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2012年4月 3日 (火)

【基】:アンリ・ルソー 蛇使いの女

蛇使いの女 (La Charmeuse de serpents)
1907年
169×189cm
油彩・画布
オルセー美術館(パリ)

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画家とは、変わった人種だというのは衆目の一致するところだろう。
そのなかでもアンリ・ルソーは、飛び切り変わった画家だ。

幼少時から愚鈍で、母にも愛された形跡は無い。
貧しいパリの下町で育ち、父は事業に失敗し、一家はルソーの生家を追われている。

愚鈍さゆえ、大人になっても様々な事件に巻き込まれ、逮捕され、裁判沙汰になったりしている。

若い頃から画家になりたかったが、生活のため、22年間も税関の官吏として勤めた。
絵画を本格的に描き始めたのは、40歳を過ぎてからだとされている。

しかしその作品は、世間からは全く認められず、嘲笑を受け、酷評を浴び続けた。

一方で、ゴーギャン,ピカソ,ブラック,ローランサン,ユトリロといった、後世に名が残る画家たちには認められ、親交も厚かった。


素朴で天真爛漫、怒ることを知らないお人好し。
そんなルソーには、一部発言の不一致、”嘘”が見受けられる。

好んで描いた”熱帯風景”は、そのもととなるメキシコ遠征が事実かどうかあいまいだ。
「行ったことがある」と言ってみたり、「行ったことがない」と言ってみたり。

しかし、ルソー自身は自分でも願望と現実の区別が付かなくなっていたようだ。


画風は、まったくの独自、独創。

遠近法を完全に無視した子供のような構図。

また”樹木の画家”と言われるほど、何故か木を描くことに執着した。
ルソーの作品に樹木が描かれていない絵を探すのは難しい。
彼の絵にあって、樹木は一種の主役だ。

そして晩年の成熟期は、変わった”熱帯風景”を描き続けた。

それは「異国風景」と言われるシリーズで、『飢えたライオン』から『夢』までの30点あまり存在する。

私が所有するレプリカ、『蛇使いの女』も、そのシリーズの一つだ。

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この『蛇使いの女』には、一つ逸話がある。

ルソーは描いた絵を、どんなに評価が低かろうと展覧会に出品し続けた。
そして、どの展覧会でもルソーの絵は、決まって大衆の冷笑を誘った。

しかし、『蛇使いの女』がサロン・ドートンヌに出品されると、その笑いがぴたりと止んだ言われている。


それもそのはず、この絵には、おどけた子供っぽさは微塵も無い。
それどころか、恐ろしいまでの緊張感が漂っている。

確かに、この絵のピンと張り詰めた空気感の前で、高笑いできる者はいないだろう。

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実はこの絵、私は小学校の時に授業で模写したことがある。

確か、自分で好きな名画を選んで模写するように指導されたと記憶している。
私は、まだルソーという名前も知らぬままに、この『蛇使いの女』を選んだ。

出来はあまりよくなかったが、そのときに細部まで仔細に観察したことが、今でも深く印象に残っている。

それ以来、ルソーの虜になったのかもしれない。
大人になってから、どうしてもこの絵をそばに置きたくなり、レプリカを買った。

何年経っても、神秘的で緊張感のあるこの絵が好きだ。


絵とは、自分の内面を写す鏡なのかもしれない。

『蛇使いの女』には、どんな内面が写りつづけてきたのだろう。


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2012年3月18日 (日)

【記】:フェルメールからのラブレター展

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先月、フェルメールを観に行ってきた。
フェルメールからのラブレター展』だ。


↓場所は渋谷のBunkamura ザ・ミュージアム

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フェルメールは久しぶりだった。
”手紙”関連の以下の3作品が展示されていた。

①『手紙を読む青衣の女』
②『手紙を書く女』
③『手紙を書く女と召使い』

特に、『手紙を読む青衣の女』は、修復作業直後に初来日となった。

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フェルメールという画家は、不思議な画家だ。

作品数が極端に少ない。
真贋が難しいようだが、現在真作と認められているものは30数点しかない。

天才は元来、多作だと言われてきた。
これだけ世に認められている画家が、40点に満たない作品しか世に出していないのは珍しい。


また多くの画家は、生前世に認められず、貧困に喘ぎながら製作に励む。
一方フェルメールは、若くして裕福な家計に生まれた妻と結婚し、その実家の庇護を受ける。

画業は、早くから世に認められ、「描くそばから買い手がついた」とも言われている。

さらに、生地オランダ デフルトの聖ルカ組合の理事を最年少で務めたり、画家組合の理事もしている。

つまり、フェルメールは生前から名実ともに世に認められた画家だったのだ。

しかし晩年は、国情,経済情勢の変化が画業そのものを衰退させることになった。
フェルメールもその歴史の渦の中に巻き込まれ、さらにパトロンが先に他界した。
そして困窮の中で死を迎えることになったようだ。


それでも、他の画家たちよりは幸せな生涯を送ったように思える。

しかし、絶頂期に世に認められつつ、これほど作品数が少ない理由が謎だ。

↓今回も会場で3作品のポストカードを購入。

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↓『手紙を書く女と召使い』を額装にした。
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↓ついでに、会場と反対側にあるbunnkamuraのショップで、これも購入。

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とにかくフェルメールの作品が来日する機会は貴重だ。
一点でも来日したときは、必ず見に行くことにしようと思う。


↓ちなみにBunkamura ザ・ミュージアムの次はこれだ。

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4月からは、また仕事が忙しくなりそうだ。
がんばって時間をつくろう。


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2012年2月 7日 (火)

【記】:村内美術館

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先月、村内美術館に行ってきた。


東京都の西側、八王子市にある私立美術館だ。
村内家具のオーナーが収集したコレクションを展示する美術館。

私立とは言っても規模は半端ではない。
バルビゾン派を中心に印象派まで含め、140点を常設している。


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美術館といっても、場所は村内家具店の4階だ。

家具店と美術館の共存も珍しいが、日本では百貨店と美術館の共存も見られる。
欧州では考えられないことだ。

家具を買いに赴いたのではないのに、家具店の中を通らなければならない。
店員の”期待の眼”をよそに、4階を目指しエレベータを上がった。

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コレクションは素晴らしいの一言だ。

これだけの絵画を収集するのに、どれくらいの資金が必要だっただろう。
1982年開館とのことだが、当時家具販売がいかに利益を上げていたかが良くわかる。

今では家具販売も、国際競争にさらされ厳しい状況だ。
バブル期までの、良き時代のコレクションといったところか。


私は富の集中というのは、決して悪いことではないと思っている。
それは、欧州を旅すればすぐにわかる。

貴族や富豪が集めたり、作らせたりした美術品が、国の宝、人類の遺産となっているからだ。
みんなが平等に貧乏な社会では、こうした文化の高みも得られないだろう。
民主主義の行き着く先が、悪平等の社会主義、共産主義にならないことを祈るばかりだ。

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+++

バルビゾン派は、19世紀にフランスのバルビゾン村に画家が集まり始まった一派だ。

バルビゾンの七星と呼ばれる7人が中心となった。
コロー、ミレー、テオドール・ルソー、トロワイヨン、ディアズ、デュプレ、ドービニーだ。

自然主義的、写実的な画風が中心で、風景画や農民画が多い。


西洋では、絵画といえば教会の宗教画や貴族の肖像画が中心だった時代が長い。
風景というものは、こうした主題の副次的な位置づけだったのだ。
つまりただの背景であり、オマケだ。

その後、風景を独立した絵画として描きはじめたのはオランダの画家たちだった。
しかしそれはあくまで屋内、アトリエ内で描かれた。

こうしたオランダ風景画に影響を受けつつ、屋外で写生というスタイルを取り、自然と向き合ったのがバルビゾン派だ。

キャンパス、三脚、絵具箱を野外に持ち出したのだ。
自然は崇拝すべき対象となり、その美しさが絵画として結実した。


私は若い頃、バルビゾン派は好きではなかった。
ただの田舎の風景画は、血気盛んな若者にとっては何か刺激が足りない気がした。

中世の宗教画や貴族の肖像画は、キリスト教国ではない日本では逆に刺激的なものだった。
また、20世紀の印象派からキュビズム、抽象画などには、”絵画芸術の爆発”をコマ送りで見るようで、本物の絵画を見るたびに体が熱くなるほどの衝撃を受けた。

バルビゾン派は、そんな刺激的な絵画史のスマイルカーブの底にあって、なんとなく物足りなかった。

しかし、歳を重ねると見方も変わってくるものだ。

バルビゾンの画家たちは、神は教会の中にだけいるのではなく、自然の中にもいると感じていたのかもしれない。
日本人にはなじみのある汎神論的な感覚だ。

+++

村内美術館の中で、最も好きな絵は、コローの小さな一枚だ。

コロー『ヴィル・ダヴレーのカバスュ邸』
1835-40年
油彩、カンヴァス
35.0×26.5cm
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カミーユ・コローは、画家としては珍しく、裕福な家に生まれた。
コロー家は、この”ヴィル・ダヴレー”に別荘を持っていたのだ。

ヴィル・ダヴレーは、パリから南西に十数キロの避暑地だ。


私はこれに似た風景を若い頃よく見ていた。
それは、私の田舎の別荘地を奥深く入ったところにあった。

森の中を真っすぐ伸びた下り坂。
その先に少し開けた明るい空間。
そこには、天国ではないかと思うほどの、美と静寂があった。

場所は違えど、コローもまた同じような風景から美と静寂を切り取った。

とても小さな絵だが、心をとらえて離さない魅力がある。


村内美術館には、もう何度も訪れた。
私はこの絵に逢いたくて、村内美術館に足を向けると言っても過言ではない。

今度行ったときは、この絵のレプリカを購入しようかと思う。


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2012年1月13日 (金)

【記】:ハーモ美術館

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正月休みに、信州の諏訪湖半に建つ小さな美術館を訪れた。
ハーモ美術館だ。


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ハーモ美術館は、小粒だが明確な特徴を持った美術館だ。
「素朴派」の絵画を中心に収集している。

私は素朴派の中でも、アンリ・ルソーがとても好きだ。
そのため、これまでもこの美術館はよく訪れてきた。

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絵画や音楽と同様に、美術館というものも、それぞれ固有の波長のようなものを持っている。
自分の波長と合う美術館を見つけることができれば、こんな幸せなことはない。

いくらいい絵があっても、美術館そのものの波長が好きでなければ、よほどのことがないかぎり行かない。
ハーモ美術館は、波長がぴったり合う。

美しい諏訪湖のすぐ脇に建ち、開放的な前景と落ち着いた館内、そして素朴派の絵画たちが絶妙な調和をなしている。


入り口を入ると、いきなりダリの彫刻が出迎えてくれる。

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↓作品の右奥に貼られた説明文。
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時のプロフィール
サルバドール・ダリ(1904~1989)
彫刻 ブロンズ
1977年~1984年

カマンベールチーズを食べた時、ダリの中から柔らかい時計の概念が生まれた。
この現実を超えた時計のモチーフは、数多いダリの作品の中で繰り返し現れている。

ダリは忙しい毎日の中、時が止まってほしい、永遠を手に入れたいという願いを、
時計を溶かし歪ませることで実現させた。
プロフィール(Profil)とはフランス語で「横顔」という意味を持つ。
この溶けた時計にはダリの横顔が隠されているのが、わかるかな?

ダリがブロンズに作成した7点の内の2点目の、大変貴重な作品です。
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↓溶けて落ちそうだ。
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素朴派とは、他に職業を持ち、正式な美術教育を受けず、独学で作品を制作した画家たちのこと。
要するに日曜画家のような人たちだ。

主要所蔵作品の画家を見てみると、以下のとおり。

 アンリ・ルソー
 グランマ・モーゼス
 カミーユ・ボンボワ
 アンドレ・ボーシャン
 ルイ・ヴィヴァン
 マティス
 シャガール
 ルオー
 ダリ
 ミロ
 ミレー
 ビュッフェ

アンリ・ルソーは、素朴派の代表的画家だが、私が最も好きな画家だ。

この美術館では、以下5点を所蔵している。
『花』(1910年)
『果樹園』 (1886年)
『ラ・カルマニョール』(1893年)
『釣り人のいる風景』
『"モンスーリ公園の眺め"のための下絵』


↓『花』と『果樹園』のポストカードを購入した。
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↓館内から見た諏訪湖は、とても美しかった。
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↓湖畔を歩く小さな二人の影は、私の母と娘だ。
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↓冬の諏訪湖は、全面結氷することもある。
 この日は晴れたり、雪が舞ったりで、厳しい寒さだった。
 荒れた諏訪湖も美しい。
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はじめてこの美術館を訪れたのは、もう20年近く前になるだろうか。
それから何度も足を運んだ。
いつ行っても心を落ち着かせてくれる。

こんな美術館が自宅の近くにあったらどんなにいいだろうと思う。
毎日でも通いたくなる。
都会では望むべくもないだろう。


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2011年12月31日 (土)

【基】:梵字の額

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これは祖父の形見としてもらった額だ。

梵字が書かれているが、由来や何が書いてあるのか全くわからない。
どこかの高僧が書いたものだということだけ聞いている。

梵字は、梵語(サンスクリット)を表記するための文字だ。
サンスクリットは、古代から中世にかけてインドや東南アジアで用いられていた言語だ。
古語だと思いきや、現代でもインドでは憲法で認知された22の公用語の一つである。

その背景は宗教にある。
バラモン教、ヒンドゥー教、仏教、シーク教、ジャイナ教の礼拝用言語なのだ。
つまり、宗教行為などでのみ用いられる特別な言語として利用されてきた。

リグ=ヴェーダや、仏典などがサンスクリットで記述されていたことは、人類史の中でのこの言語の重要性を示している。
ラテン語・ギリシア語とともに「三大古典印欧語」と称されることもあるようだ。

画家であり、僧侶でもあった祖父が、いつも壁に掛けていた額だ。
祖父が亡くなるまで、私が子供の頃からずっと同じ場所に掛けられていた。

いつも何が書いてあるか不思議に思いながら眺めていたのを覚えている。
古ぼけた額ではあるが、何か重みを感じずにはいられない雰囲気を持っている。

古代から数千年、宗教を中心に用いられてきた言語は、人類の歴史の重みと威厳を吸い込んでいる。
文字が人の心を映す鏡のようなものだとすれば、梵字は人類の何を映してきたのだろうか。

宗教の本質は、人の生きる意味とこの世を超えた世界を解き明かすことにあると思う。
ともすれば、近視眼的に生きがちな凡夫に対し、梵字が映し出す世界は、現世を越えた永遠の世界だろう。

意味のわからない梵字の羅列や、お経の世界をありがたがるつもりはない。
しかし、眼に見える物だけを追いかけ、眼に見えない物の価値に眼を向けない現代社会は大切なものを見失っているのではないだろうか。

2011年、大変な一年がやっと終わりを迎えようとしている。
日本という国をはじめ、公私共に苦難の年ではあったが、意義深い年でもあった。
得るものも大きかったように思う。

来年はどんな年になるだろうか。
2012年という年は、世界的にも様々な噂がささやかれている年だ。
どんな年になろうとも、充実した年にしていきたいものだ。


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2011年12月25日 (日)

【基】:ジョルジュ・ルオー Christ

Georges Rouault (1871-1958)
Christ, 1937-38
Oil on canvas
67 x 48 cm
Private collection

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これは「20世紀最大の宗教画家」と言われたジョルジュ・ルオーの『キリスト』だ。
残念ながらこれは複製画ではなく、ポスターの額装だ。

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ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault) (1871-1958)は、20世紀を代表するフランスの巨匠画家。

日本では印象派の有名画家に比べ知名度は低い。
私は以前から好きな画家の一人で、展覧会があると聞くと足を運んできた。


画風は独特で、黒く太い描線と鮮やかな色彩でモチーフを力強く描き出す。
モチーフは、ルオーが敬虔なカトリック教徒であったことも影響して、宗教的色彩を帯びたものが多い。
一方、道化師や娼婦、家族や母子といった一般世俗の人びとなども泥臭く描き続けた。

イエス・キリスト自身が、社会的には低俗とされる人びとへの救済を惜しまず生きたように、ルオーもまた社会の光が当たらない部分に目を向け、自らの筆で光を当て続けた。


ルオーの生い立ちは、家具職人の子としてパリに生を受けたところから始まる。
ステンドグラス職人の徒弟として修行を積みつつ、絵画の修練に励み、1891年エコール・デ・ボザール美術学校に入学している。

そこで出会ったギュスターヴ・モローに師事し、アンリ・マティスらとともに学んだ。

ルオーはフォービズムに分類されることもあるあが、本人は自分はフォーブではないと言っていたようだ。

ルオーの画風は、ステンドグラスの影響を受けているのだろう。
太く縁取られた線と鮮やかな色彩は、ステンドグラスそのものだ。

ルオーの絵には、なんとも言えない温かみを感じる。
人間臭さや泥臭さを愛し、人間に対する愛情を感じる。

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この『キリスト』は、うつむくイエスの横顔が大胆に描写されている。
自らの行く末を悟りつつも、多くの人びとへの愛のために、命を掛けて神を説いたイエス。
その悲しみと優しさと苦悩が、一枚の絵の中に見事に描き出されている。

イエスは伝道を開始してより3年、日々命の危険を感じ、薄氷を踏むような緊張感の中で生きた。
その時代的緊迫感と、対照をなすイエスの愛と優しさが、この絵の中に共存している。

イエスの頭上には、その後の彼の運命を暗示するがごとく、赤い一筋の雲が掛かった背景が描かれている。

2000年以上経っても人類に影響を与え続けるイエス・キリストも凄いが、その人物を大胆に、そして見事に描きだしたルオーという画家も凄い。


「美術は職業ではない。信仰と絶対の奉仕を強いる聖なる司祭の技なのだ。そして崇高な芸術が精神的なものの一番高いものなのだ。」 - Georges Rouault


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2011年12月 1日 (木)

【記】:世界遺産 「ヴェネツィア展」 魅惑の芸術-千年の都 江戸東京博物館 2011年

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仕事の都合をつけ、平日の午後に「ヴェネツィア展」に行ってきた。

場所は江戸東京博物館で、両国駅の直ぐ近く、国技館の隣りだ。
この博物館には初めて行ったのだが、港区の職場から近く便利な場所。

↓天気もよく、空気が乾いて気持ちの良い午後だった。
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↓あちこちに看板が出ていた。
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↓赤を基調にインパクトの強い案内板だ。
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↓館内にも素晴らしい装飾がされていた。
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↓パンフレットは意外にも白基調だ。
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↓これは、書店で配布されていた栞(しおり)だ。
割引券を兼ねている。
ヴェネツィアの仮面をデザインした素晴らしいデザイン。
思わず3色もらってきた。
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ヴェネツィアという世界でも稀な”都市”を主題にした展覧会だった。
全体の印象としては、ヴェネツィアの魅力を知るには少し物足りない内容だと感じた。


歴史も長く、富と権力が渦巻いてきた小さな水上都市であるヴェネツィアは、見るべきものはいくらでもある。
しかしそれを地中海から極東の地へと輸送するのは、かなりの困難を伴ったことと思われる。

今回の展覧会では、ヴェネツィアの魅力は、ほんのわずかしか垣間見れなかった。

何度か実際にヴェネツィアを訪れたことがある人にとっては、展示物と街が一体となって感じられるだろう。
しかしヴェネツィアという街を目にしたことがない人は、あまり実感がわかないのではないだろうか。


初めてヴェネツィアを訪れたときの衝撃は今でも忘れられない。

石造りの街が、海の上に浮いているがごとく立ち並び、ゴンドラをはじめとした船が水路を行き交う。
街の中には、自動車やバイクはもちろん、自転車すら入れない。

海辺や大きな水路から離れ、少し街中を深く入っていくと、聞こえる音は石畳を歩く人の足音だけになる。
千年前も変わらぬ音が街に響いていたのだろう。

歴史が変転し、行き交う人々や様々な富が流れては消えていったことだろう。
それでも水上に浮かぶ都市は静かにその姿を水面に映し続けている。


こうした肌身の実感は、実際にその街に行かなければわからない。
展覧会で展示される物たちは、その記憶を生々しく再現してくれるに過ぎないのだ。


↓今回購入したグッズはこの2点。
①有翼ライオンの絵葉書+額。
②有翼ライオンのピンバッジ
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↓ピンバッジのデザインも秀逸だ。
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次は何を観に行こうか。
年明けまでの展覧会には、行きたいものがない。

久しぶりに岡本太郎でも観に行ってみようか。
→岡本太郎記念館
→岡本太郎美術館


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2011年9月28日 (水)

【基】:大澤喜一 ヴェネチャ

F3号
肉筆:油彩画

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この絵は衝動買いしたものだ。
描かれたヴェネツィアの風景が気に入ったからだ。

大変失礼だが大澤喜一氏は、この絵を購入するまで知らなかった。
1935年生まれで、現在も活躍されているようだ。

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この絵、ヴェネツィアの風景を良く写し取っている。
それも現実のヴェネツィアというより、幻想のヴェネツィアだ。

多様な色彩の乱舞で描かれた水の都は、一度でもそこを訪れたことがある人にとって、美しい思い出の中を覗き見て描かれたような錯覚さえ覚える。

氏は40カ国以上の遍歴があるようだ。
世界中の美しい都市を描いているに違いない。

私が訪れたことがある都市の絵があれば、また購入したいものだ。


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2011年7月23日 (土)

【記】:大英博物館 古代ギリシャ展 2011年

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『大英博物館 古代ギリシャ展』に行ってきた。

公開されてまもなく、平日に仕事を早く切り上げて行った。
それでも、展示会場内はかなりの人で混雑していた。


場所は上野の”国立西洋美術館”だ。
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アクセスの便がよく、港区の職場からも比較的近い。
ただ、つくりの古さは否めない。

本館(ル・コルビュジエ設計)が1959年、新館(前川國男設計)が1979年と年代ものだ。
今回の展示は、企画・特別展専用展示室で行われた。
ここは1997竣工したようだが、地下ということもあり、空間の狭さが気になった。

美術館の表には大きな看板が出ている。
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美術館正面。
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本館入り口横。
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企画・特別展専用展示室(地下)に降りる入り口。
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肝心の展示会場内は撮影禁止のため、残念ながら写真は無い。

欧米の美術館では、フラッシュは禁止だがカメラ撮影ができるところが多い。
こうした企画展示でも撮影させてもらえるとよいのだが。


内容は素晴らしいの一言だ。
今回の展示数は135点だが、その迫力には圧倒された。

ところが、大英博物館の収蔵点数は800万点を超えるとされ、「ギリシャ・ローマ」部門だけでも10万点以上あるようだ。
大英帝国時代から世界中の美術品を集めたものだろう。
空恐ろしくなるほどの規模だ。

残念ながら大英博物館には実際に行ったことがない。
以前ロンドンに行ったときに立ち寄ればよかったと後悔している。

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今回は、絵画ではなく彫刻がメインなので、グッズも欲しいものがたくさんあり、収穫が多かった。
美術品のレプリカが好きなので、今回のグッズはかなりうれしい。

展示品の具体的感想は、このグッズの整理とともに記述する。

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パンフレット類
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①円盤投げ(ディスコボロス)の豪華フィギュア
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②公式カプセルフィギュア全6種
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③その他
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こうした美術品をいつでも見ることができる欧州の環境は、とても羨ましく感じる。
やはりヨーロッパの各都市に、1年ずつくらい住んでみたいと思ってしまう。


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